あなたにとって好きなことを仕事にしたいと思っても、イマイチ踏み出せない一番の理由はなんですか?
何かを犠牲にしないとお金は稼げない?
多くの人は、仕事にしてお金を稼いだら何かを失うと思っていて、それがブレーキになっています。
私の場合は、忙しくなって家事や家族との時間をゆったりと楽しめなくなりそうなのが一番のネック。
私は料理をするのが好きなんですが、忙しい時は楽しめないんです。美味しいものを作りたいから手間をかけたいのに、時間がないと料理はただのルーチンワークになってしまい、自分の創造性が発揮できないから楽しくないんです。
愛する人の影響を受けている
失うと思っているものはひとそれぞれだと思いますが、どうしてそんな風に思うようになったのか、誰に影響を受けたのかを掘ってみると、その人は自分のすごく大切な人だったりします。
私の母は専業主婦で料理好きでした。私が小学生の頃病気になり、それを治すために自然食品を食べるようになり、夢中で勉強して体を治し、それを伝えるために店を構え、今も料理教室を開いて教えています。
こう書くと「すごく素敵なお母さん」のようですが、好きなことを仕事にしただけに仕事に夢中で、朝から夜は9時10時まで働き、当然家の中はしっちゃかめっちゃかでした。
感情的で人間関係をうまく築けない母は、不完全感を埋めるために夫や娘を自分の理想通りにしようと躍起になり疲れ果てていたんだと思います。営業が得意な母にとって、仕事はきっと思い通りの結果が出て楽しかったに違いありません。
私はそれをそばでずっと見てきたので、寝食を忘れて打ち込まなければ稼げないし、そうなれば家のことは何もできなくなると思っていたのです。ほったらかしにされたさみしさも心に残っていたので、家族にそんな思いをさせたくなかったのもあります。
こんな風に、影響を受けたのは自分の親、という人が多いと思います。
その人を尊敬したい
お金に対するブレーキは、影響を受けた人よりラクに稼いだら申し訳ない、というような気持からかかるといいます。親を心の底では尊敬していたいから。
親に対して恨みがある人もいるでしょう。私もそうでした。恨みがあると「尊敬したい」とはとても思えませんよね。でも誰でも本当の心の底では、大嫌いなはずの親のことが大好きなんです。
そんなこと考えただけで気持ち悪い人もいるかもしれません。私もそうだったのでよーくわかります。今は無理という人はそのままでも大丈夫。本当に必要な時期がくればきっと認められます。
だってただ認めちゃうだけで、色んなブロックやブレーキが外れちゃうんだと、心の底にとめておいてね。
愛情でいっぱい
その人が自分を好きかどうかに関わらず、自分はその人を大好きなんだと認められると、胸がいっぱいになります。「私ってこんなに愛情深かったんだ」って。胸のあたりがほわほわと暖かくなります。
「お金を稼ぐためには自由な時間を失ってしまう」は、愛情深い自分ののかわいい勘違いだったことがわかります。
失うと思っていると前に進めませんが、失わなくてもいいんだと思うと前に進みたくなります。
ゴール設定
あとは進む方向です。あなたは好きなことを探していますか?探し方はこちらに詳しく書いています。⇒好きなことの見つけ方 ステップ1 ステップ2 ステップ3
「好きなことを仕事にしたい」は書くことで実現する
好きなことが明確になってきたら、あなたの好きなことで成功している人を探しましょう。見つけたらその人に会いに行ったり、ネット上で交流したりして、その人の考え方をインストールしましょう。
「お金を稼ぐと何かを失う」が勘違いだったとわかったので、あなたの頭からアンインストールしましたよね。その空いた所に「何も犠牲にせずお金を稼ぐ」という考えをインストールすればいいですね。
まとめ
あなたがお金を稼ぐと失うと思っているものは、身近な人から受け継いだものでした。
その人はあなたにとって大切な人で、あなたはその人のことを大好きだったのです。そんなあなたはとっても愛情深い人でした。
ずっと信じていたことは勘違いだったので、新しい考え方を採用することにしましょう。好きなことを仕事にして成功していて、何も犠牲にせずにお金を稼いでいる人を探しましょう。
グーグルナビと一緒で、ゴールを設定すればあとは運転するだけでそこへたどり着けます。楽しみですね。
こんにちは。とびらです。
もしあなたが「好きなことを仕事にしたい」と思っているなら、その好きなものが何か決まっていなくても、ブログやフェイスブックなどで発信を始めてみるのをおすすめします。
書くことは想像以上にあなたの考えをまとめてくれるからです。
書くことは思考や感情を言語化する
なぜ書くことがいいのでしょうか?
自分を客観的に見られるようになる
ブログには好きだったり楽しかったり嫌だったことなど、自分の心が動いたことを書きくことが多いですよね。それを文章にするためには状況や感情を描写しなくてはならなりません。
感情のうずに飲み込まれていれば書けないので冷静になれるし、自分を離れて客観的に見ることができるようになります。
客観的に見られるようになると、自分がどういう人間なのかわかってくるのです。
自分が何を考え、どう認識しているかがわかるようになる
「好きなことを仕事にしたい」と意気込んでも、始めの頃は漠然と「もっと自分を表現して生きていきたいな」、「自分の才能を生かして生きたいな」と思っているだけで、方向性も伝えたい内容もぼんやりしていることがほとんどです。
でも発信するとなれば、そのぼんやりしたものを言語化しなきゃなりません。頭の中にある抽象的なものを言葉にするには、自分は何が得意で、何が好きで、何が嫌いなのかを知らないとできないもの。
文を書いてそれを何度も何度も積み重ねるとだんだんぼんやりしたものが明確になってきます。
心の中のものは現実化する
人って、心の中で思っていたり、感じていることを、外の世界に現実化することができる不思議な動物です。
心では感じているけど自覚はできていない場合、気付かせるために「出来事」や「人」が現れます。例えば好きなことをやるのを我慢して働いていると、我慢ばかりしている人が周りに現れて、「もっとやりたいことやりなよ~」ってイライラしちゃったり。
それによって、その言葉自体が自分へのメッセージだって気付いたり、自分の考えより人の目を優先している自分に気付けたりするのですが、忙しい日常にかき消されて気付けず、延々とイライラしてしまうこともあります。
でも書くことで、心の中のものを明確にできれば、メッセージも必要なくなります。やりたいことが明確になればなるほど、実現しやすくなるのはそのためです。
好きじゃない事は書けなくなる
毎日ブログを書きはじめると、本当に好きなことじゃないことは、書き続けることができなくなります。続けるうちに苦しくなってきてしまうのです。
これが好きだ!と思っていることが苦しくて続かなくなって、ちょっと好きかな?っていうようなものが、楽しく書き続けられたりするのです。だからとても簡単に見分けられるのですが、それも続けてみなければわかりません。
まとめ
書くことは自分は何を考え、どう認識しているか探すのにちょうどいい手段です。それがわかれば、漠然とした「好きなこと」を明確にすることができて、明確になれば「好きなこと」が実現できます。
私もブログを書くことで日々新しい自分を発見しています。まるで宝探しのようです。
あなたも自分の中の宝を探してみませんか?
失敗に隠された秘密
日々の生活の中で、失敗することってたくさんありますよね。大事な書類を無くしてしまったり、イラっとして暴言を吐いてしまったり。
私も今日ふるさと納税の領収書を失くしてしまい、ずっと探してました。領収書がないと還付金がもらえないので、家計のマイナスになっちゃうんだよね。あーあ。
でも、失敗は偶然起きてるわけじゃありません。ちょうどピッタリのタイミングで起きているのです。
???あなた今、「この人何言ってるの?失敗は、たいてい自分の不注意や準備不足で起こるものでしょ」って思いましたよね?
でもこう考えることもできるんです。「あなたの成長には今ちょうど○○が必要だから、失敗やトラブルの形で現れている」んだったり「失敗は、自分を変えるために与えられた課題のようなもの」だって。
例えば今日の私の場合、「何でもすぐなくしちゃうだらしない自分を許すため」だったり、「お金に対するブロックを外すため」に領収書がなくなったりしている、と考えるのです。
だらしない自分を許すため
一つ目は自分のセルフイメージを変えるため。
私は失くしものが多くて、その度に「だらしないだめな自分を変えなきゃ」と悲壮感を抱えています。短所を改善しないと幸せになれないという世界観で生きているんですね。
自分のセルフイメージが「物をすぐ紛失するだらしない自分」なので、頻繁に物を失くすという現実が現れてしまっているのです。
でも「だめな私でも、まあいいか」って自分にゆるい世界観になりたいと思い続けています。そこで寛大な神様が何度もチャンスをくださっている…という考え方です。
お金に対するブロックを外すため
もう一つはお金の認識を新たにするため。
私は元来ケチで節約大好き。でもお金は感謝のツールだと知り(詳しくはこちらの記事をどうぞ⇒お金って何ですか?)普段の買い物で少しずつだけど気持ちよくお金を使えるようになってきました。でも寄付にはすごいハードルがあるんです。
買い物は、例えばお米なら商品になるまでの手間を想像すれば感謝できるし、実際お米が手に入るじゃないですか。でも寄付は想像するのが難しいし、何より見返りがないじゃんって思っちゃうんですよね。
でも実は寄付って、確かに見返りを一切求めない究極の愛のカタチですが、耳寄りな情報もあるのです。それは寄付をするとお金が入ってくるようになるというもの。実は寄付には見返りがあるらしいんです。
確かにお金が感謝や愛のツールだとすると、与えれば与えるほど巡り巡って自分に返ってくるのはわかる気がする。でも実感できないな。でもやってみたいな。でもお金が減っちゃう…。私はいつもそんなジレンマを感じていたのです。
このタイミングで領収書がなくなってしまったのです。領収書がなければそっくり自治体に寄付する形になるので、私ができないでいたことを神様がやってくれちゃったってことなんだ…という考え方です。
失敗はメッセージを伝えるためにある
失敗はあなたにいろんな事を伝えたがっています。失敗によって受け取るメッセージは様々です。そしてそれをどんな風に受け止めるかはあなた次第です。
失敗した自分を責めて、もっとがんばらないとダメだという世界でがんばって生きていくのもいい。
ダメな私でもいいか、ってがんばらない世界で生きていくのもいい。
限りあるお金を有効に最大限に生かすために、できるだけ少ない出費でできるだけ多くの物やサービスを受けられるよう努力する世界で生きていくのもいい。
愛と同じようにお金には限りがなくて、使えば使うほど増えちゃうんだよねっていう世界で生きていくのもいい。
あなたの人生はあなたの思った通りになっていきます。人生を自分好みにカスタマイズしていってくださいね。
あなたは仕事は仕事であって遊びじゃいけないと言われてきませんでしたか?本当にやりたいこと、例えば歌うことや、旅すること、ダンスすること、絵を描くことなどは特別な才能がなければ趣味にしといた方がいいって。
要は、「お金は安心の源だから、衣食住に必要なお金は、楽しくてリスキーな仕事ではなく、つまらなくて堅実な仕事で得るべきだ」ってこと。
この考えって今の日本では常識ですよね。だからあなたがこう思っていても全く自然なことです。
でもこの考えだとお金と好きなことはどんどん離れて行ってしまいます。
お金は単なるツールです。貨幣の原点は物々交換。もらうものへの感謝の印として、自分が作った野菜や狩ってきた肉を渡していたんですよね。つまりお金の本質は感謝なんです。
「月給はこれだけ出すからこの仕事をしてね」という契約で働いていると、給料をもらうのも仕事するのも義務のように感じちゃいますよね。私もガッツリそう感じていました。
でもお金が感謝を表現するツールだと考えると、お金が動く度に感謝できて豊かな気持ちになると思いませんか?
そしてもしあなたが好きなことでリッチ(豊か)になりたいと思うなら、この考えはものすごく重要なんです。
なぜかというと、人は好きなことをやっていると、超簡単に豊かで幸せな気持ちになれるからです。人間の脳は今感じていることをちょっと先の未来に実現させるという能力があります。だから幸せで豊かな気持ちは、近々の未来に幸せと豊かさを出現させます。
その時、もしあなたがお金を「諸悪の根源」とか「卑しいもの」と思っているとしましょう。すると脳は「お金は豊かじゃない物」と判断して実現させないのです。せっかく好きなことをして幸せになっても、食べていけなければ続けられません。
逆に言うと「お金は感謝を表現するツール」という考えをインストールすれば、好きなことをすればするほど、幸せになればなるほど自動的にリッチになってしまうのです。魔法みたいじゃないですか?サイコーです(^^♪
現実には、好きじゃない事で稼いでいる人もたくさんいるでしょうけど、私なら一度きりの人生なんだから、好きなことでリッチになりたいなーと思います。
あなたはどっちがいいですか?
悩み相談を受けたり、新聞の人生相談を読んだりした時によく聞くフレーズに「私は間違ってるんでしょうか?」というのがあります。
例えば先日読んだ人生相談。
30代の看護師女性。同僚とのトラブルで悩んでいます。彼女は話し上手で冗談もうまく、話していると楽しい人です。すぐに友達になり、プライベートでも会うほど気の合う仲になりました。ところが最近、私を無視するようになったのです。
「何か悪いことをしたなら謝るよ」と理由を尋ねても「別に怒ってないから」と答えてくれません。でも明らかに怒っているようです。嫉妬深いところがあるので、患者さんと楽しく接する私に嫉妬しているのかもしれません。
彼女は今の職場に長く勤めていてドン的な存在なので、彼女が無視する私には他の人も声をかけてこなくなり、孤立している状態です。自分が無視すれば周囲が追従するのを承知でやっているんだと思います。
小学生のイジメと同じようなことをする、精神年齢が幼い彼女が許せません。パワハラとして上司に訴えようと思うのですが、私は間違っているでしょうか?
こんな風に誰かに同意を求めたい時ってありますよね。私にもよくあります。私の場合は、判断基準を自分の外に置いている時、自分のしていることがあってるかどうか確認したくなります。
自分にどうしたい?と聞いてあげていればこの言葉は出てこないんですよね。
この場合は辛い状況ですが、やはり自分にどうしたいか聞いてみるのが一番ではないでしょうか。
人によって色んな答えがあると思います。例えば…
①あんなに気の合う友達はいなかった。もとに戻れるなら仲直りしたい。
②今までこんなことがあると、いつも我慢して怒りを表に出さずにいたけど、もう泣き寝入りはしたくない。
③彼女の許せないところは自分の許せないところかもしれない。彼女を許して自分も成長したい。
などでしょうか。
質問者さんのしたいことが②なら上司に訴えるのは適切な手段ですが、もし①だったらどうでしょう。きっと逆効果ですよね。彼女のいい所をもっともっと探して、大好きオーラを放つことが大事かもしれません。
したいことが③だったとしたら、嫉妬がキーフレーズかもしれません。自分の嫉妬深さを許そうねっていう天のサインなのでしょう。嫉妬ぶかくてもまあいいかと思えるようになれば、自然に仲直りしたり、職場が移動になったりして問題が解決するでしょう。
「私は間違ってるでしょうか?」以外にもこんな他人軸の言葉があります。
やってみたい時に「やってもいいの?」と許可を求めたい。
迷った時に「どうしよう?」と誰かに聞きたい。
やりたくない事でも「普通はやるもんだよね」と自分を納得させる。
この言葉はどれにも「自分の意志」が入っていません。この言葉を多用している人は、迷った時誰かに決めてもらっているということです。だからこの言葉を使っていると自分で人生を変えられない。いつも誰かに振り回される人生になります。
いつも自分がどうしたいか考えましょう。迷った時、誰かに聞く、常識に照らし合わせる、グーグルで検索するのはやめましょう。そして使う言葉を変えましょう。
「私は間違ってるだろうか?」「やってもいいの?」⇒「やりたいならやる」
「どうしよう?」⇒「どうしたい?」
「普通はやるもんだよね」⇒「やりたくないならやらない」
この自分軸の言葉を使い始めると、人生は自分で切り開いていくものになってきます。自分の人生を自分で変えていけるというワクワクが、胸の奥から湧き上がってきます。
自分軸の言葉を使い、常に自分がどうしたいか聞いていると、好きなことも見つけやすくなります。
「好きなことの見つけ方」まだ読んでいない方はこちらからどうぞ。「好きなことの見つけ方」ステップ1
「好きなことの見つけ方」ステップ2
「好きなことの見つけ方」ステップ3
まだまだ私も発展途上です。一緒に好きなことを見つけてサイコーに楽しい人生を送りましょう!