こんにちは。とびらです。
仕事をしていると、失敗することや、苦手でうまくできない事があります。ミスを指摘されて素直に受け取れる人もいれば、ムカついてしまう人もいますよね。真面目な人ほど、素直に受け取れる人になろうと一生懸命になってしまいます。
私も一生懸命だったせいでムダにムカついていました(;´∀`)
ミスを指摘されて、ムカつく自分が嫌だなと思っている人必読です。
「ダメな自分」をどう扱う?
ミスを指摘されて、素直に受け取れる人とムカつく人の違いは?
できないことを認めるか認めないか
素直に受け取れる人は、できないことをできないと認めることができる人です。できないことはあるけれど自分自身には自信があるので、失敗を認めるのがこわくありません。
一方で、ムカつく人は、できないことがあることを認められない人です。ミスを指摘されることは自分のすべてを否定されるような気がするので辛いのです。相手にムカつくのはそんな自分を見ないようにするため。
こうじゃなきゃだめだと思っているかいないか
素直に受け取れる人は、失敗しちゃだめだと思っていません。失敗しても、むしろ失敗から学ぶことができるので、失敗をチャンスに変えてしまいます。
ムカつく人は、こうなりたい、こうありたいという理想があります。そして真面目なので理想通りでなくちゃだめだと思っています。理想から外れて失敗する自分を許せないので、他人も絶対に許さないだろうと思っています。
できなくてもいいことにする
素直に受け取れる人がエライわけじゃない
注意されてムカつく人は、本当は素直に受け入れたいと思っています。失敗もしてしまい、指摘を受け入れることもできない自分を責めています。素直に受け入れることができる人はエラくて羨ましいと思っているかもしれません。
でも素直に受け止められるかどうかは、仕事の能力とかの違いでは全然なくて、ただ自分がダメでもいいことにしているか、していないかだけの違いなんです。つまり「自分が自分をどう思っているか」が違うだけです。
できないサイテーの自分にOKを出す
だから、努力!とか真面目に!とか考えるのはもうやめて、バカでサイテーでもいいと自分で勝手に決めてしまえばいいのです。バカでいればいるほど周りが助けてくれます。できない事はできる人にやってもらって、自分のできることをすればいいんです。
自分ができなくても最終的にはうまくいく
「私がやらなくちゃ回らない、私の責任だからいい加減なことはできない」真面目な人ほどこんな風に考えて、がんじがらめになっています。でもあなたができない事を手放せば、できる人が活躍できてかえっていい結果が出ます。
残念ながらその場はうまく回らなかったとしても、できない事を認めて気持ちが楽になれば、最終的には必ずいい方向へ向かいます。失敗した自分にダメ出しをしているとダメな方向へ向かいます。
まとめ
「ダメな自分だから誰かに助けてもらえばいい」という道を選べば、楽な人生になるし、「ダメな自分を自分一人の頑張りと努力で改善する」という道を選べば、しんどい人生になります。どちらを選ぶかは自分次第。
素直に失敗を認められるようになりたいなら、助けてもらえるようバカになることです。
こんにちは。とびらです。
昔から凡ミスが多い私は、実家の店を手伝っている頃、釣銭を間違え、取引先への支払い期日を忘れ、お客さんの注文を発注し忘れるという、仕事できない人間の筆頭でした。
仕事を辞めた今もそれは健在で、先日大きなミスをしてしまいました。
不完全な自分を認めよう
4月の始めに税務署から手紙が届きました。昨年度の確定申告は2月中に終えていたので問題はないはず。「お尋ねしたいことがあるので電話ください」という内容だったので、電話をかけてみました。
ところが担当者からの話によると、送った封書の中には領収書だけが入っていて申告書が入っていないとのこと!真っ青になってしまいました。
昨年度はふるさと納税の寄付金控除に加えて、医療費控除もあったので、かなり税金が戻ってくる予定だったのでショックを隠せません。
信じられない私は、申告書の控えを取り出して確認すると、控えと一緒に判を押した申告書があるではありませんか。オーマイガー(´;ω;`)抜けているにもほどがあります。情けなくて泣きたいような笑いたいような。
でもなんとなんと!担当の方は、「申告書を届けてくれれば大丈夫ですよ」と言ってくれたのです。神ですか????完全にこちらのミスなのに、一切責めたりもせず嫌な顔もせず(見えませんが^<^)手続きをとってくれたのです。
こんなに優しくされていいんだろうか…。あまりの幸せに、逆に信じられない気持ちでいっぱいでした。担当の職員さん本当にありがとう✨
欠けている部分は補ってもらえる
今回の出来事で思ったのは、「私が仕事ができなくても誰かが助けてくれる」ということです。だったら、できない自分を責める必要もないなと。
仕事をしている時、今回のようなバカなミスをすると、できない自分をすごく責めていました。何とか改善しようと頑張りましたが、残念ながらできる人間になれませんでした。
仕事ができない自分を許すことができなかったので、周りの人も許してくれるはずがないと思っていました。周りの人に許されないと困るので、ミスを誰かのせいにしたり、責任逃れしようとしたり、必死で頑張っていましたねー。
実際はできないと認めるだけでよかったのです。できないことは誰かに助けてもらって、できることをやればよかったんです。こんな風にいつだって、誰かが喜んで助けてくれるんだから。
欠けているからむしろいい
西シベリアに住むネネツ人の伝説に、こんなのがあります。
シベリアの地を北にオーロラをくぐって進んで行くと、一本足の民族がいました。彼らは一本足なので一人では歩くことができません。なのでそこでは、二人がペアになって肩を組んで歩くようになりました。
すると風のように走ることもできるようになりました。でも二人が別れると一本足に戻ってしまうから、また歩くことができなくなってしまうという話です。
人間はみんな不完全なもの。欠けているところを補い合えば、一人でいるよりずっといい仕事ができるし、お互いを助けることで幸せを感じることができます。誰かを助け、助けてもらうことがどんなに幸せなことか。
まとめ
自分で全部やろうとすればするほど、辛いし、仕事の質も良くなりません。自分が不完全なことを認めてしまいましょう。自分が不完全なことを認めれば、他の人が不完全なことも簡単に許すことができます。そうするとすごく楽になります。
楽になると視野が広がり、違う景色が見えてきたりするものです。新しいアイデアが湧いてきたり、周りの人に感謝の気持ちが湧いてきたりするかもしれません。その時、小さな自分にとらわれている仕事のできない自分はもうどこにもいません。
できないことがあっても、欠けている部分があってもいいんです。欠点があるからむしろ愛されるのです。欠点があることが素晴らしいのです。